女は松井百絵子、観光バス会社を経営する社長を夫に持つ社長夫人である。百絵子は細い路地を通り抜け、うらぶれたビルの階段を上がっていった。
「神崎医院」と害かれた扉を百絵子は開けた。神崎医院はごく普通の診療所として営業しているが、その一方で極秘裏にセックス治療を行っていた。院長の神崎年郎は、といっても神崎医院は彼がたった一人の医者なのだが、インターン時代から人間の根元はセックスにあると考え、性に悩む人々を救いたいと願っていた。そして勃起促進剤バイナグラをどの医者よりも早く取り入れ、治療に使っていた。
百絵子が神崎医院を訪れたのは二度目だった。初めに百絵子がやってきたとき、バイナグラを処方してくれという申し出を、神崎は断っていた。
セックスが弱くなった夫に使わせるという百絵子の話を信用しないわけではなかったが、一応夫の診察をしてからと考えたのだ。