ところ変わって、同じ街の繁華街の一角にある小料理屋「ひなたびより」。そこの女将、松本美和(41)は、美しい未亡人だった。店には、夜になると、近くで働く男たちが、ひとときの憩いの時間を求めてやって来るのだった。
その日も、常連の渡辺孝司(41)と妻の純子(36)が来ていた。孝司は、美和の幼馴染で近くの酒屋の二代目だった。孝司は、美和が店を出す時に、懸命になって開店まで漕ぎ着けたという経緯があった。それは、昔から、美和のことが好きだったからだ。そして、純子は、美和が働いていた会社の後輩だった。 店では、最近、隣町に出没する痴漢の話題が出る。それは、女の一人暮らしか、或いは、普通の家庭でも、夫のいない隙に妻が薬で眠らされて犯されるというものだった。そんな話をしていると、純子が、孝司の前で言う。実はね、私もそんなことされたような気がするの。夢魔がきっと私に悪さしたんだわ」「夢魔?」
美和は、驚いたように純子を見て聞き返した。そして、もっと驚いたのは、孝司の方だった。「お前、それ、ホントか? だったら、警察に行かないと」「確証も証拠もないんだ。ただそんな気がするだけ。でも、間違いなく知らない男が私の中に入って来たような気がするの」
その日の夜、美和は家に帰り、一人湯船に浸かっていた。美和は、さっきの純子の話が耳に残っていた。「夢魔かあ・・・」美和は、その熟れた身体をもてあましていた。部屋の中には、蚊帳が下げられていた。美和は、その中で、自分で自分を慰める。そして、一本の茄子を自分の陰部に入れていった。「ああ・・・」美和は、声を上げた。そして、亡くなった夫との恥ずかしい行為を思い出していた。夫は、死ぬ前に、一度だけ、自分のあそこに茄子を入れたことがあった。どうしてだろう? もしかしたら、付き合っていた若い女に同じことをしたのかもしれない。美和は、切なかった。そして、そんな行為に一人遊びするうちに意識を失ってしまった。
美和は、夢を見た。それは、夢なのか、現実なのか分からなかった。しかし、美和は、間違いなく夢の中で犯されていた。いったい誰が私を抱いているのだろう? 美和の身体を柔らかな指が愛撫し、そして、股間には、硬いものが強く押し付けられて来た。美和は、夢の中で、何度も正体のわからない男に抱かれた。
次の日の朝、美和は、起きると頭がぼうっとしていた。そして、身体の奥には、間違いなく男が入って来た感触が残っていたのだった。それは、ただごとではなかった。本来なら、警察に行くところだろうが、何の証拠もなかった。美和は、一人首を傾げるしかなかった。
その日、店には、開いてすぐ、高沢春彦が入って来た。「あら、この前の」「すみません。いいですか?」カウンターに座り、二人は、話になった。春彦は、数日前に、店の入口のドアを開きやすいように調整してくれたのだった。
その時、孝司と純子が、入って来る。二人とも酔っている。何処かで一杯やって来たようだ。「美和さん。聞いてくれよ。こいつさ、この前の話、嘘だったんだって。俺にかまって欲しくて話作ったんだ」「いいじゃない、だって、最近、ホントご無沙汰だったでしょ」純子は、かなり酔っているみたいで、美和の話になる。「それよりさ、例の痴漢、美和さんの家に来たらしいわよ」「えっ!」孝司は驚いた。「ちょっと、純子、やめて」美和は、しまったと思った。あの次の日、つい、電話で話したのがまずかった。美和が止めるのも聞かず、純子はベラベラと喋る。美和は、カウンターの隅にいた春彦に謝る。「すみません。うるさくて」「いえ」春彦は立ち上がった。「お勘定お願いします」「明日は、何時に来てもらえますか?」「お昼でどうでしょう?」春彦は、美和の家の住所を聞いて出て行った。「誰だ、あいつは?」「リフォーム屋さん」「ふーん・・・」孝司は、胡散臭そうな顔で見送った。
翌日、布団の中で目を覚ます美和。しかし、男は、昨夜は来なかったようだ。美和は、少しがっかりした。
その日の昼、春彦がやって来る。頼んだ玄関のリフォームは、簡単に終わってしまった。「家のリフォームお願いしようかな。カタログあります?」美和は、そのまま帰したくなくて、聞いてみた。春彦は、持っていた施工例のカタログを見せる。「でも、思い出の家なんじゃないですか?」居間の方で、真介の遺影が見ていた。「ご主人、どうして、亡くなったんですか?」「不倫相手にふられたんです。それが原因で自殺。橋から大きな川に飛び込んで・・・最近は、顔も思い出せなくなって」外は、雨が降って来た。部屋の中が暗くなる。「そろそろ行かないと」「雨がやむまで、ゆっくりしていって下さい」美和は、何故だか引きとめたが春彦は、帰って行った。
その日の夜、美和は、布団の中で待った。そして、夢の中で、その男は、もう一度やって来た。美和は嬉しかった。そして、美和は、その男に抱かれ、存分に濡れていった。そして、次の日もその次の日も男はやって来た。それは、美和にとって、夫がいなくなって以来の、他には、変えがたい感触で、不思議と心が幸福になるような出来事だった。
ある日、街に若い女が現れた。女は、写真を持っていて、道行く人に聞いて回っている。たまたま、通りかかった真二に、女は、写真を見せる。「この人を探しているんです」その写真は、春彦の写真だった。「誰なんですか?」「私の父なんです。見かけたら、ここに電話ください。お願いします」女は、写真を真二に一枚手渡して歩いて行く。
その日の夜、美和は、いつものように、蚊帳の中で眠っていた。熟睡していた。また、あの男が来るのを待っているのかもしれない。すると、部屋の襖が開いて、黒いマスクをした男が入って来て、蚊帳の中に入る。男は、美和の服を脱がし、その乳房を愛撫し、しゃぶりついた。そして、その手首を紐で乱暴に縛り上げる。美和は、夢の中にいるが、いつもと違う嫌な感触に、無意識に抵抗する。男は、早急に、そして乱暴に美和の中に入れようとする。すると、いきなり、男の後頭部が殴られ、男は、美和に覆いかぶさるようにして気を失って倒れた。
翌朝、美和は目を覚まし、部屋の中を見回した。何か様子がおかしい。昨夜入って来た男は、一体何だったのだろう。その時、玄関のチャイムが鳴る。出ると、純子がいた。「ねえ、美和さん。昨夜、うちの帰って来なかったんだけど、来てないよね」「え?」「おかしいなあ。他に行くとこなんかないんだけど」すると、部屋の奥で、うーうーという声が聞こえた。二人は、手にフライパンを持って、奥の部屋を開け、仰天する。孝司が、裸でグルグル巻きにされて唸っていたのだった。
その後、二人の前には、裸の孝司が座らされていた。「美和さん。こんな奴、警察に突き出していいよ」孝司は必死に謝った。「ごめんなさい。もう、しませんから」「「もう、いいわ・・・でも、二度とうちの店には来ないで」美和は孝司に冷たく言った。孝司は、悔しそうに唇を噛み締めた。「でも、こいつ、やっつけたの誰だったの? もしかして、本物の痴漢が家にいたんじゃないの?」美和は、答えることが出来なかった。
二人が帰った後、美和は、ぼんやりしていた。雨の音がして、時々、雷の音が鳴った。美和は、思い立って、電話をかけた。「すみません。営業の高沢春彦さん、いらっしゃいます?」「ああ、高沢なら、隣の町の営業所に移りましたが。連絡取りましょうか?」「いえ、結構です」美和は、急いで電話を切った。その時、ドアのチャイムが鳴った。美和が出ると、若い女が立っていた。女は言った。「すみません。人を捜しているんです」女は、雨でずぶ濡れだった。女は、写真を差し出した。それは、春彦の写真だった。美和は、それを見て驚く。「この人は、あなたの・・・」「ええ。父です」女は、それだけ言うと、そのまま倒れてしまう。美和が、額を触ると凄い熱だった。
女(高沢優奈、23)は、居間の布団に寝かされていたが、気がつき、起き上がろうとした。美和は、優奈に動かないように言った。そして、父親を捜していたわけを聞いた。優奈は、最初黙っていたが、「また、お父さん、悪いことするんじゃないかと思って」「悪いこと?」優奈は、父親が、警察に捕まったことがあると話した。「女の人の家に忍び込んで、薬を使って、眠らせて、悪いことをして楽しむんです」と、そう言った。「でも、どうして?」「分かりません。でも、やめられないみたいで・・・もともと真面目な人だったのに、お母さんが浮気して、男の人と逃げてからおかしくなってしまったんです」優奈は、逆に聞いて来た。「もしかしたら、お父さん、ここに来たんじゃないですか?」「ええ・・・」「美和さん、怒ってないんですか? 父がひどいことしたんでしょ」しかし、美和は、首を振った。「私ももう一度会いたいの。私、捜して来てあげようか?」美和は、自分も一緒に行くと言う優奈を置いて、家を出た。
美和は、途中で、真二と会った。美和に呼ばれて、急いで駆けつけたのだ。
その後、美和の家では、真二が優奈を診察していた。「雨に打たれたのがいけなかったんだね」「あなたは、美和さんのご主人の・・・」「弟だよ。そこに写真があるだろ」「顔が似てますね。そっくり」「よく言われるよ」真二は、笑って答えた。優奈は、じっと真二を見つめていた。
隣の町。春彦が、営業で住宅街を歩いていた。その前に一人の女が立った。美和だった。「娘さんがうちに来てますよ」春彦は、その言葉にそこから逃げようとする。「逃げないで下さい」美和は、その前に、立ちはだかった。
その頃、美和の家では、真二が、優奈を抱いていた。行為が終わった後で、真二は、優奈に聞いた。「どうして、君は、お父さんをそこまでして捜しているの?」「お父さん、手帳にメモ残していて」「なんて書いてあったの?」「もう一度、生まれ変わりたいって・・・」
美和と春彦は、ベンチに腰掛けていた。「娘さんに会ってあげてください」「会わせる顔がないよ」「あなたは、死ぬつもりじゃないですか? 私、分かるんです。死ぬつもりなら、私も一緒に行ってもいいですよ」「馬鹿なことを言わないでくれ。君とは、会ったばかりじゃないか?」「じゃあ、どうして、私の家に来て、何度も抱いたりしたんですか? 私、本気です」「あなたは、亡くなったご主人と僕を重ねているだけだ」美和は、春彦に告白した。「私は、あなたが、家に来て、そして、抱かれて嬉しかった」「それは、ご主人のかわりに、ということでしょう」「今の私には、あなたが必要なんです」美和は、本当に、そう思って言った。「僕は、本当に、情けなくて、薄汚い男なんだ・・・」春彦は、声を震わせて言った。
その後、ホテルで抱き合う春彦と美和の姿があった。二人は、お互いの身体を確かめ合うように、何度も抱き合った。
数日後の「ひなたびより」。純子がカウンターに来ていた。純子は、美和が、リフォームをやっていた男と暮らし始めたことに驚いていた。美和は、幸せそうだった。
数日後、町の住宅街。春彦は、営業で歩き回っていた。そして、いつかの公園で休憩する。眼下に町を見渡す。一服して、もう少し回ろうと道路に歩き出す。その背後から、乗用車が凄いスピードで走って来る。一瞬のうちに、春彦を轢いて走り去る。運転していたのは、孝司だった。
路上には、頭から血を流した春彦が倒れている。その目が、開いたまま息をしなくなる。暖かな日差しが春彦の顔に当たっていた。その携帯が鳴り始める。
美和は、ひなたびよりから携帯をかけていた。そして、独り言を言った。「おかしいなあ。お客さんと話してんのかな・・・?」美和は、留守番電話にメッセージを入れた。「仕事終わったら、お店に寄って。おいしい煮込み作ったから。それじゃね」美和は、楽しそうな顔で、仕込みを続けた。