未知は、自分が極めつけのエクスタシーを知らないことを、ことさら不満に思っているわけではないが、何となく淋しい思いは残る。一緒に『古典を読む会』に通っている梶さゆりに聞いてみると「暇な専業主婦だから、そんなことが気になるのよ」と笑われる。ちなみに、離婚経験者のさゆりは「まあ、人並みに感じる」そうだ。
未知やさゆりが通っている『古典を読む会を主催しているのは、大学講師の勝又だった。地味な古典を取り上げてばかりいたので、会員はすっかり減って、今では主婦が数人、ぱらぱらと通ってくる程度。大学の講師料は安く、家計は大学職員の妻・澄子に頼っていた。会員を増やして、謝礼の増収をはかる必要がある。 そこで勝又が考えたのが、古典は古典でも艶本「えほん」や艶句「ばれく」と呼ばれる江戸時代のポルノを取り上げることだった。これだったら、主婦の口コミで会員が押し寄せてくるかもしれない。
さっそく、未知やさゆりの前で、比較的ユーモアの混じった艶句を紹介し、易しく解釈してやる勝又。
「ぐっと入れ根本で締める傘袋」
「掻き廻し過ぎてとろろを摺りこぼし」
「生き穴に入るにも死ぬ死ぬ往くと言い」
いきなり濃厚な性の世界に触れて、頭がぼうっとなる未知とさゆり。未知は、やっぱり自分には未体験の、猛烈な世界があったのだと思い知らされる。さゆりはさゆりで、今まで自分が絶頂だと思ってきたのとは、もしかして、せいぜい入り口付近だったのかもしれない、という疑念にとりつかれる。
お友達を誘ってくださいと言う勝又だが、二人とも自分のことしか考えていなかった。さゆりはボーイフレンドの明を相手に試してみるが、どうも江戸時代の女たちの快楽には到達していないような気がする。
一方、未知はそんなことを信宏に言い出せなかったが、料理しているときも、買い物しているときも、頭の中で昔のひわいな用語が反響している気がする。
すっかり、次回の会を心待ちする二人。そこで勝又が紹介したのは、枕絵につける艶本だった。
『先走りの淫水よだれのごとく鈴口よりはみいでて、竿へ滴り伝わる故、もはやたまらず乗りかかり、あのてがうやいなやズブズブと根本のとこまで押し込んで、ゴポリゴボリと腰を遣うに、剥き身の舌のようなものが玉門中にいくらもあって、茎節「へのこ」のまはりにまつわりつけば……』
これらを声に出して読みながら、未知とさゆりはすっかり股間が火照り、濡れてしまう。会員を増やすために艶本を取り上げたはずの勝又だったが、彼女たちの反応にすっかり興味を奪われる。
勝又の妻の澄子は、自分でイクことを知っている女で、勝又が動かなくても自分から腰を振って絶頂に達していた。それに比べると、この主婦たち、特に未知はウブそうに見える。
濃厚な言葉に、すっかり頭の中を占領された未知は、信宏とセックスしていると、やっていることを描写する江戸時代の言葉がりフレーンするまでになった。おかげで、以前よれり深く感じるようになったが、まだまだ『あそこ』「艶本の世界」までは行ってない。
勝又は、その次に女性器を十八種類に分けた本を紹介した。
皆さんのものはどれに当てはまるかな、といって席を外す勝又。未知とさゆりは、お互いに股間を見せ合って、検討する。そんなことができたのも、これまで艶本を読んできて、すっかりこの会に淫ビな雰囲気が蔓延しているためだった。
勝又は、未知の顔色を読んで、彼女だけにこっそり「なにか悩みがありそうだから、明日一人でいらっしゃい」と誘う。翌日やってきた未知に、絶頂に行けないという煩悶を聞かされた勝又は、ここぞとばかり、古典には性の秘伝書があり、それにのっとれば、誰でも絶頂を体験できるはずだと言う。
自分が伝授してあげてもいい、と言う勝又に、思わず身を任せてしまう未知。そして、秘伝の通りに、念願の絶頂までイクことができた。心から感謝して帰る未知。
一度経験したことによって、未知は信宏とのセックスにおいても、到達することができるようになった。
一方、勝又は未知にセックスの奥義を教えたことによって、ウブな女を調教する快感に目覚める。澄子のように海千山千の女とのセックスは、自分が道具のようで味気ない。未知のような女を開発し、仕込んで行くことこそ男の喜びではないか。
しかし、自分に喜びを教えられ、すっかり夢中のはずの未知が、あれ以来やってこない。未知に自信たっぷりに会いに行った勝又は、ショックなことを聞かされる。絶頂を味わえるようになったので、もう艶本を読む必要がなくなったと言うのだ。
未知が辞めたのを知らないでやってきたさゆりに、性の秘伝書を餅に誘ってみるが、彼女はそのコピーを自宅に持って帰って、明にやらせる始末だ。
勝又に残ったのは、古女房の澄子だけ。
『女房の味は可もなく不可もなく』
受講生もいなくなって、すっかり人生の秋を感じる勝又。それに引き換え、心からセックスの喜悦を堪能する未知であった。